自己満の話。
考えると自己満のために動いていることって多いですね。
趣味なんかは完全にそう、たぶんすべてが自己満のためにやっています。
「自分が満足するためだけにする」それが趣味なのかもしれません。
昨年から趣味にしているタンニング。
当然ですが、わたしみたいなおじさんの日焼けになんか、だれも興味がありません。
家族でさえ興味がないから、自分自身しかわたしの肌に興味がない。
わたし自身でさえも「いい年したおじさんが…」と思いつつ、続けているタンニングです。
タンニングを始めたころは、肌の色が変わっていく感じ、肌色が濃くなっていくのを見るのが楽しかった。
肌色が変わると、なにか自分が生まれ変われたような気がしたからかもしれません。
でも変化した肌色を誰かに見せるわけでもなく、鏡の前でわたしがニンマリするくらい。
小麦色の肌を見て喜ぶ自分、ニンマリ出来る自分の自己満足がそこにあるのです。
鞍馬寺へ毎月参拝するのも同じかもしれません。
自分が行きたいから参拝を続けているだけ。
誰かに言われたわけでもなく、誰かに奨められたわけでもなく、ただ自分で納得して楽しんでいるだけ。
自分のこころを満たすためだけに、自己満のために参拝しています。
その他の趣味でも同じかも。
ライブやコンサートに行くのだって、当然に自己満足のために行動している。
だからこそひとりでだって楽しめている。
では趣味以外は?仕事はどうでしょうか?
仕事って結果を出さないといけないから、自己満だけではダメなような気がします。
関係部門や関係者との協力や調整だって必要ですし、思い通りにならないことだらけ…
仕事だけはほんとにややこしいことだらけです。
納得は出来ないけれど仕事であれば動く場合もあるかもしれません。
でも最後に振り返ったときに、大切なのは自分が満足出来ているかどうかではないでしょうか。
その時の上司や他人の評価なんかは関係ありません。
どれだけ自分が満足出来ているかどうかが評価軸だと思うのです。
たとえ上司からの評価が低くても、自己評価が高ければそれでよいと思うのです。
自分を正確に分かっているのは自分ですし、と言うか、自分にしか分かりません。
周りから見た自分なんて、一部分しか見えていないものです。
自己評価で自分で納得が出来ればそれでいい。
仕事だって自己満でいいと思います。
もっとも自身が納得出来るアクションとか、結果を出せないとダメだすけどね。
そうじゃなきゃ、自己満だって高くならないでしょうし。
やっぱり、わたしは自己満で動いていると思うのです。